KUBUKI(久冨樹:くぶき)プロジェクト公式サイト

五次元意識を考えてみる

五次元意識を考えてみる



● 空(くう)は波動で充満しているから空(くう)である


 空(くう)は意識で充満しているという表現が人間的だというならば、 空(くう)は無際限の波動で充満しているという表現もできる。


 あらゆる色彩を重合すれば、それが白色になるように、 あらゆる波動が満ちていれば、それは空あるいは空間となる。


 あなたのまわりの世界は何もない空間と見えているが、 それはあらゆる全ての波動が充満しているということなのだ。


 何も無い空(くう)と観測されているその空間は、 全ての波動が満ち満ちているというのが正当な認識なのである。


● 空(たる)意識の海にエネルギー的「揺らぎ」を起こすのが想念である


①遍満する意識 ⇒ ②想念 ⇒ ➂エネルギー ⇒④物質諸形態


 このプロセスによって人間に関わる現象世界が現れている。


 大きくは、宇宙、多次元世界の様相も同じプロセスであると言えようか。 創造主の創造も、人の周囲世界の創造も、同質のプロセスだ。 簡単に言えば、<物>が先ではなく、<意識の働き>が先だという事である。


 現在の物理学、科学的な認識では、上記の ➂(エネルギー)と ④(物質)の関係だけが常識化されており、


 E=M×C×C(エネルギーは物質質量の光速度の2乗を掛けたもの)と定義されている。


 たった1gの物質をエネルギー換算すると、実はとんでもない量のエネルギーに換算されるわけだ。日常、目の前にある様々な物体とは、とんでもない量としてのエネルギーの塊とも言える。


 それを無理やり壊してエネルギーを得ようとするのが原発である。無理やりだから放射線が周囲に悲鳴のように飛び散ることになる。


 目の前の物体は全て、空(くう)の遍満する波動エネルギーの局在化したものである。その局在化した要素の仕組みが、ミクロでいうところの分子、原子、クオークの関係だ。


 尚、エネルギーは目に見えない代物で、我々の眼に見えるものは、④の物質レベルのみである。


 そりゃ、そうだろう?


 五感は現象化した、局在化した波動の、ある一定の波長帯のみを知覚するだけの器官だから致し方がない。


①遍満する意識 ⇒ ②想念 ⇒ ➂エネルギー ⇒④物質諸形態


 このプロセスが創造プロセスで、あらゆる現象化の雛形になっており、それは各個人で言えば、人間関係、健康状態等という現実生活に反映されているのである。


 要は、こころが知らない間に現実化しているということで、全てが物の関係、行き当たりばったり、あるいは確率的なものでしかないという認識は、はなはだしい誤解なのである。


● 思想統制、想念の統御が支配に利用される


 例えば、学校教育では、間接的ながらそういう物質偏重観念が植えつけられる。


 要は公的教育とは、戦後の資本主義的物質繁栄のための有能な要員を輩出するためのものでもあったし、逆に、精神的な要因はそれが計量化できない、目に見えない、ということから排除されて、また偏向した思想、つまり<欧米的なものに反する思考>が植えつけられるのを防ぐためということもあるようで、なるほど、それは戦後の被支配の構造でもあるということだ。


 戦前が良いとか戦後が悪いとかの話ではなく、思想、思考、常識的観念という<見えない囲い>があるということに気付く必要があるということだ。


 要するに、思考、想念という、エネルギーと現象を規定するところの上位ファクターに・・・ 気付いていない、あるいは気づかせないという、微妙で確実な社会、国家的な、支配・被支配にも使われているということである。


 それは、迷える子羊の見えない囲い柵であり、また同時に、むしり取る羊毛の為の飼育のようなものではないか。


 自分で考え探究しない人々に、便利な思考を提供し、その思考の中での生産を収奪する。


 そう、投資と回収の自由主義的、民主主義的、仕組み、・・・ということなのだ。


 しかしながら、古いそれは色々なレベルで既に破綻している状況になっていることは、 心ある世界ウオッチャー達には理解できるだろう。


● 集合意識が飽和している現代の様相


 混迷度を増した世界状況、やらせの政治、富の偏ってしまった経済、意図的・カルマ的な局地紛争、経済成長に沿った自然破壊の増大と、はっきり現れだした環境異変、振れ幅の増えた異常気象と、極めて身近になった地殻の動き、それらの様々な「現象」に既に、現れている!


 現象のレベルの変化のみを観測するならば、そりゃ単なる偶然だ・・と考えるだろうが、全ての現象の背後にある、意識、想念、エネルギーを推し量るならば、その意味が分るはずなのである。


 今は既に次第に見えるようになった時節の変換点、変曲点、あるいはカタストロフィー点である。


・・・・


● 見えないものが見えるようになるのが道理


 想念が物質形態に反映される・・・・見えないものが見える物となる・・・・。

例えば病は気から、健康状態はこころの反映という言葉が古くから伝わっているが、


 これは、意識の物質化のプロセス


 ②想念 ⇒ ➂エネルギー ⇒ ④物質形態


 こころ、あるいは思考や感情の歪みが、相応の「エネルギー」を創りだし、それが物質形態、肉体に顕れることを示している。


 ところが唯物論的思考では、④の物質形態どうしの反応による、さらなる物の変化のみに捉われているわけで、想念、思考、感情という高次の精神的なものが、エネルギーを通じて形態化するなどとは露とも思えないわけだろう。


● こころ・・という高次元要素


 身近な話だが、何かに「常に悩んでいる意識状態」では、胃のあたりが重く感じられ、それを恒常的に維持していると、例えば慢性の「胃潰瘍」その他の症状になって現れる。


 余りに神経過敏を維持すると目や頭の周囲が痛くなる場合もある。


 これらのこころの肉体への影響は、実際自分の肉体で経験すれば分るはずであるし、あるいは他の人々をよく観察すれば理解可能なこと。


 そんなことなど何も気づかずに、不本意ながらも病気になっている人のなんと多い事だろうか。


 好みではない人間関係のバトルに巻き込まれている人のなんと多い事だろうか。


 「こころ」という高次元ファクターを人類はいつから忘れたのか、誰が忘れるように仕向けたのかという気にもなるが、それが次元降下ということになるかも知れない。


● こころ・・・を自ら、観察し制御すべし


 全ての現象の雛形は想念形態にある。


 これは自己にとってもあるいは集団にとっても言えることであり、自己にとって不都合極まりない形態・状態は、それ、不都合なこころの状態の現れだということに気付かなければならないのである。


 自己内面の・・・・微妙で複雑な観念の綾、それが表面に物質形態レベルに投影されている。


 そう、人は皆気付く気づかないにかかわらず、自分で何事も選んでいるというわけだ。


 これは笑いごとでも、観念上のたとえ話でもない。


 選挙で人を選ぶ話ではなく、自己が自己たる・・・自己を演じているということ。


 想念とは青写真そのもの、創造の杖のごとく働く、意識の意図の絶大なるパワーを示しているのである。


 想念を操作、観察できないという事は、創造の杖を扱えない、あるいは振り回されている段階であることを示している。


 だから不都合、不本意な事象に取り巻かれ、憤激や怒り、不平不満に陥るのである。


 昔から言う、唯心諸元、・・・人はまず自分の「こころ」を観る必要があるのである。


 これは何も<禅>の修行者だけの特別な行法などではなく、知的生命体、魂・意識の進化における、それぞれが通過すべき重要なボーダーラインなのである。


 これはその先の人生展開や、あるいは転生の有り方にも大いに関係がある。


 それぞれの人に想念がある・・・ということは、全ては・・・それぞれの<わたし>で決めているということを示している。


● 五次元的認識へ


 3次元的な意識は、3方向で立体的に規定される空間の中に、偶然に物質があり、その物質が動き回る(変化)することで時間が生じる・・・という言わば4次元的認識であろう。


 XYZ、t(空間と時間)の4次元認識世界である。


 これは現代科学の常識的な認識であって、この認識では、我々は4次元世界にいるとされている。


 ところが、その次元とは認識対象としての空間(XYZ)と、変化・運動で生じる時間(t)のみであり、それ以上の次元要素を見つけられないでいるかもしれない。


・・・


 4次元の上位が5次元とすれば、それは現在の次元よりも、はるかに自由度が増大したもの現在人類文明的に飽和した状態、つまり4次元的認識世界の閉塞が解消され、一段と飛躍するはずのものである。


 クローズアップされてきたフリーエネルギー概念、空間エネルギーもその筋のもの、また、実際そうでなくてはならない時節なのである。


 五次元とは、現在の4次元認識を1つ・・・超えた自由度を有する、拡大された世界認識で出現する世界なのである。


 要は、5次元世界は、現在の「時間・空間」を超えた・・・・認識でできる世界のこと、そういう拡大した意識を有する、生命達、つまり人々の、共同創造世界である。


 そう、今までは物質主体の次元認識での「共同創造世界」、つまり4次元的文明世界であったわけだ。


● 既に飽和している国家社会


 今までの4次元的認識、つまり物資主体の認識世界が行き着くところまで行った現状を見るならば・・・、随所にその飽和した現象を観ることが出来るはずである。


 ほんのちょっと例をあげてみると、


 金融資本主義の崩壊


 投資と回収で膨れ上がってきた欧米金融資本主義が行きづまり、すでに崩壊を始め、貨幣増刷という「輸血」で延命しているだけの状態になった。


 革命という名の紛争輸出


 その流れで、さらに物資・エネルギーを無理くり増やそうと、陰謀にならなくなった・・・陰謀を駆使して、 民族、宗教、国々間で様々な軋轢が生じている。


 戦争できる国への引っ張り込み


 どこかのおバカな踊り子政治家たちは、物資・エネルギーの奪い合い、国が国に立ち上がる為の事前工作を無理くりしているわけだし、


 積み上がった借財の踏み倒し


 そうしてあと何年かで最後に暴発させて、全てをチャラにしようともしている。 しかし彼らは、それがどういう意味かも皆目解らないのだ。


 地球大に拡大した無責任科学実験


 また気象操作の為の微粒子を、わけもわからぬ命令によってご丁寧にまき散らし続け、かえって、気象異常の加勢をしている者たちは、その結果には責任がないとしているのだろうか。


 しかし彼らは、それがどういう意味かも皆目解らない、・・・だから実験なのだろう。


 何か複雑なものがありそうで全然そうではなく、実は何が何だかよくわからない者たちの、無責任行為でしかないのである。


 これらはほんの1例にすぎない。


・・・・


 人々のなすべきことはあらゆるものに関して与えられる無償の宣伝を信じることなく、よくよく調べて感じてみることが大切だろうと思う。


 宇宙チャネリング的情報からも、さかんにアセンションやら、5次元という話が出るのも、今は・・・そういう・・・非常に非常に稀有な「次元変換」時期にある・・・ことを示している。


 そう、人類意識の進化の為の<飽和点>に達したという事である。


 それは、地球壊滅やら201×年の特定日に・・・なにかが起きるという学校主催のような期日指定の行事でもなく、物質世界、外側世界の勝手な激変等でもないのだ。


 とはいえ、意識(内側)が大きく変われば、当然ながら外側(物質形態)も ” 大きく変わる ” ことになるのは真実であるが、外側から内側への自動的な単なる「内爆的物理環境変化」ではないということ、意識の大きな変化がまず先にあるということを意味する。


・・・・


● 古い時間・空間を超えたものが増えている


 まず、量子論で素粒子の運動が、観察者の行為によって干渉されるという事象は、人間の観察(意識的行為)が 物質形態に干渉するという、<意識の働き> が、物質に影響を与えるという事を意味している。


 スプーン曲げなどはその直接的な想念の物質化を示してもいるだろう。精神感応、テレパシーも時間・空間を超えている現象である。


 どこかの軍事大国で公認されている?リモートビューイング(遠隔知覚)も、もとはと言えば3次元的制約を超えている能力を使った「情報取集」から来ているのである。


 また、幽体離脱は肉体の制限を超えた「意識体」の”体験”であり、時間空間を超えているものだ。


 そして、臨死体験は、魂・意識が肉体次元を離脱した後の「意識体」の有様を事前に経験するものである。なるほど、臨死体験者は、わざわざ戻ってきて、人々にその説明をする役目の存在達である。


 金や物を信じる人はそれが全部嘘だろうと認識し、人への信頼を持つ者たちはその可能性に目覚める。


 また、不可思議な瞬間移動をする飛行物体、いわゆる真正のUFOは、文字通り時間空間の制約を受けていない。


 UFOが頻繁に現れだしたのは70-80年前からであり、ちょうど全ての物質世界を破壊しつくす恐れのある核兵器を持ち始めたころである。


 核兵器の出現は物質レベル文明の最後の時期、越えなければならない文明時期を示す、明確なサインでもあるからだ。


 また、転生の学術報告でも裏打ちされるようになった、生まれかわりという概念も、時間と空間、時代、性別を超えた魂たる自己への気付きなのである。


 まともに調べるほど、今は古い時間空間認識を超えた現象が増えていることが分るだろう。膨大な溢れる嘘と真実の群れの中で、真実を選り分けて気付ける人は幸いである。


 ・・・これらのどれか、あるいは全て、又似たような現象に接した人たちは当然に理解可能であろう。


 例えばこういう常識外であるとして捨てられやすい現象は、それらが、今までの3次元(4次元)的時間空間を超えている現象だからなのである。


 そうして、全てが「今・・・ここ」で、認識しているということでもある。


 遠隔情報は、遠くも近くもなく、いまここで・・・・知り、観ることは、過去も未来もなく、いまここで・・・・知る。


 スプーン曲げなどの物質変化も、遠い未来でなく、今ここで・・・起きているのである。


 今の瞬間・・・それが4次元時空を超えた点、言わば入口なのだとも言えようか。


 長い時間も、遠い地点も、まるで今この瞬間に在る・・・そういう認識である。


 あれがないからダメ、今は不可、金がないから不幸せ、未来にしか望みはない・・・・


 だから頑張れ、頑張れ・・・・、今でなく、未来に、そして常に未来しかない意識レベル、そんな条件付けを元にした世界が3次元 (4次元)的認識世界というわけだ。


 あなたは、今、幸せではないのか?


・・・・


 要はこの時節、既に5次元的な認識レベルに、・・・移行している最中であるということなのだ。そう・・・、どっかこっかを探す、あるいは期待して待つ必要はないということ。


 例えるならば、すでに存在の自由レベル、次元レベルの「周波数変換」は進行中である。


わーお、本当なのか?・・・なのだ。


・・・


 もっとも、こういう稀有な時期にあっても、上記のような時間空間を超えたような現実を理解できない人々もいるかもしれないし、全てマヤカシという宣伝で、自己も満足する場合は、いわゆる5次元的認識に至らないというわけで、当然ながら、古い次元認識の体験を選択しているということなのである。


 そのうち、みんなが変われば、自分も変わることが出来る・・・・という民主的?な自己変革の仕方は、このような場合には望めそうにない・・・・・。


 なぜならば、存在は、” 今の瞬間 ”、それしかないからである。


 今の瞬間、あなたもわたし達も・・わが意識あり・・・、存在・・・それは無条件の愛からでなくて、一体何であろうか。


powered by Quick Homepage Maker 5.3
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional